トルコ イスタンブール 2001.03.16 - 03.22

楽園

治安が悪くて、安心して町を歩けないナイロビからやって来ると、イスタンブールはまるで天国のように居心地のよい町である。夜でも安心して町を歩けるし、食べ物はおいしいし、人はとても親切だ。イスタンブールのような都会でも、町中で途方にくれた顔をしていると、どこからともなく人が現れて助けてくれた。

また来る前は同じイスラム教国のモロッコにあるカサブランカと似た感じだろうかと想像していたのだが、その期待は嬉しいくらいにみごとに裏切られた。比べては申し訳ない位イスタンブールはきれいで幻想的な町だったのだ。ビザンチン帝国の首都として1000年以上もキリスト教文明の影響を受け、1453年にオスマントルコ帝国が征服した後はイスラム教の支配下におかれた。その結果二つの文化遺産を受け継ぎ、位置的にもヨーロッパとアジアの交差点となるイスタンブールは、他のどの町とも違う独特な雰囲気をかもし出していた。

美容院はどこ?

イスタンブールに着いてまず一番先にやりたかった事は髪の毛を切ること。アフリカの町で見かけた床屋兼美容院はどうやらアフロヘア専門のようなのでトルコに入るまでがまんをしていたのだ。美容院といえばどの町でも歩いていれば目立つ所に数軒目に入ったので、早速第一日目に美容院を目当てに町の散策に出かけた。しかし、床屋は50メートルにつき一軒くらいの割合であるのに美容院が見つからない。途中床屋で髪を切りたいのだけどとジェスチャーで質問して、道を聞きながら2時間くらい歩き回って最後に入った床屋の使いっぱしりの男の子に道案内をしてもらって、ようやくたどり着いた。美容院は地下にある上に窓にはすべてブラインドが降ろしてあり外からは見えないようになっていた。そうか、イスラム教の女性は頭や首を見せてはいけないのだから、髪を切るのも外から見えてはいけないのだとその時初めて気が付いたのだった。次回イスラム教国で髪を切る時には、宿で場所を聞いてから出かけることにしよう。

話はそれるが、美容院を探しているときにもよっぽど困った顔をしていたのか、数人のおじさんがどうしたのと声をかけてくれた。女性の髪を切るところを探していると言うと、これはまた難しい質問だという顔をして真剣に考えてくれた。確かあちらの方にあったはずと身振りで教えてくれた皆さん、本当にありがとう。

食べ物いろいろ

イスタンブールで一番おいしかったのは、Su Terazisi Sokak 15にあるHalep Ocakbaşıという小さなレストランだ(Amphora Hostelのすぐ前。ブルーモスクとソクルル・メフメット・バシャ・ジャミイの間)。ブルーモスクから歩いて数分という場所柄なのに値段も安くお客さんは地元の人が多い。メインのキョフテ(羊肉の肉団子)やカバブ(羊や鳥肉の串焼き)は付け合せのサラダやごはんがついて140円から200円くらい。ここのスパイス入りのキョフテは絶品で他のお店でキョフテを食べると味気なく感じるようになってしまった。スープやサラダもとてもおいしい。飲み物も入れて大抵二人で500円以内で済んでしまった。トルコを3週間旅した時点でここのキョフテよりおいしい物をまだ見つけられない。翌年このレストランに戻った時にも期待を裏切らないおいしさだった。過去1年位肉をほとんど食べない生活をして、たまに仕方なく肉を食べるとお腹の調子が悪くなっていたのだが、ここで肉を食べても全然平気だったのは不思議だ。
ガラタ橋のたもと金角湾に浮かぶ船の中で、おじさん達が一生懸命さばを揚げたり焼いたりして作っているさばのサンドイッチはびっくりするほど安くて(約75円)おいしい。フランスパンに揚げたてのさばとトマトとたまねぎのスライスを入れてくれる。レモン汁と塩をかけて食べるとため息が出るほどおいしい。


値段が分からない

トルコに入ってまず最初に戸惑うのが、値段のゼロの数だ。1,000,000リラが約123円なので、お財布は100,000リラコインや10,000,000札で膨れる。レストランに入って「なすは安いよ。たったの750,000リラ!」と言われてもぜんぜん安い感じがしない。

ガイドブックにはタクシーの運転手等が、ゼロの数に慣れていない観光客にわざと少ないお釣りを渡すことがあるので注意しようと書いてある。また、こちらも4,800円位払わなくてはいけない時に500円渡してお釣をもらおうとしてしまう事もある。

バスで知ったトルコ人の優しさ

イスタンブールのバスは、バス内でチケットを買えるバスもあれば前もってバス券を買っておかなければいかないバスもあった。バスターミナルの近くにはバス券売り場があるのだが、普通のバス停の近くではタバコ屋さん等でバス券を買えることもあるがまったくバス券を買えないバス停もあった。地元の人はプラスチックのバンドについた時計の電池みたいな物を持っていて、乗るたびにその電池みたいなチケットを機械に入れて一回分を差し引かれるシステムになっている。ある時バス券が買えないバス停からバスに乗ったら、そのバスでは現金ではバス代を支払えないようだった。ところが近くにいたお客さんの一人が名乗り出て、自分のチケットを使って私達のバス代を支払ってくれたのだ。そして私たちがその人にバス代を現金で支払おうとしてもお金を受け取ってくれないのだった。

またトルコ西部にある町イズミール郊外でちょうど来たバスの運転手さんにバス券はどこで買えるかと聞いたら、バス券はいいから乗りなさいとジェスチャーで言われて1時間程先の次の乗り換え地までただで乗せてくれたのだった。そして乗り換えの場所でもバス券売り場が見つからなかった。同じバス停でバスを待つ若い夫婦にバス券はどこで買えるのかとジェスチャーと片言のトルコ語で聞くと、その夫婦は私達の持っていたトルコ語の辞書を使いながら彼らの持っているプリペイドカードで私達のバス代を支払ってくれるというのだ。そして彼らも私たちから決してお金を受け取ろうとしないのだった。道ずりの旅行者にここまで親切にしてくれる国民には今だかつて出会ったことがない。トルコの皆さん本当にありがとう。

ハマム(トルコ風呂)初体験

ある日の夜イスタンブールの宿で教えてもらったハマム(トルコ風呂)に一人で行ってみた。ガイドブックによると全身を垢すりしてもらった後にマッサージを受けると嘘のように体が軽くなる気持ちの良さだという。

まず受付でフルパッケージの値段(約1600円)を払い、脱衣所に案内された。体を被うタオルを渡され全て脱ぐように言われる。場所によっては下着を着けたまま入るところもあると聞いていたのでジェスチャーでパンツも脱ぐのか聞くと、全部脱ぐようにとまた言われた。次に通されたのは、丸いドームに覆われた広い部屋で、部屋の真ん中には大理石の台があり、壁には大理石のライオンの顔をかたどった蛇口からお湯が出るようになっている。蛇口の下には大理石のお湯が溜まる所がある。案内役のおばさんから、この溜まったお湯を桶ですくって体にかけるように指示された。お湯をかけながら汗が出るよう待っている間に周りを観察してみた。夜のせいかお客さんは私のほかに4人しかいない。一人は白人の観光客、二人はモロッコからの出稼ぎ者、もう一人はベルギーに移民したトルコ人のおばさん。全裸なのは観光客の二人だけで、モロッコからの女の子二人はパンツを着けたままで、ベルギーのおばさんは水着を着ていた。白人の観光客にどうだったと聞くと、どうやら想像していたより簡単に終わってしまいがっかりした様子。しかし、体を洗うおばさんは二人いてもう一人の方が念入りにやってくれるそうだ。丁寧なおばさんに当たりますようにと願っていると、雑な方のおばさんが不機嫌そうにやって来て、あっちにいけと大理石の台を指す。こわごわ台の上にうつぶせになると、なんでこんなことやらなきゃいけないんだという欲求不満をぶつけるように全身をくさい垢すりの布でこすり出した。しかし楽しみにしていた大量の垢が出る前に垢すりは終わってしまい、一度お湯を全身にかけた後、今度はぬるぬるした石鹸水を全身にかけてマッサージが始まった。これは気持ち良いかもしれないと思った瞬間にマッサージも終わってしまった。次は椅子に座って頭を洗ってくれた。しかし予告もなくお湯を頭からざばーんと後から後からかけるので息が出来ずに苦しい思いをした。ようやく終わってお湯を自分で体にかけているとなんだか首のあたりがひりひりする。次にサウナに入って汗をだし、ぬるいお湯で汗を流してから脱衣所に戻って少し休憩した。ちょっと物足りなかったけど、やはり体を洗ってもらった後は気持ち良いなと思いながら宿に帰って鏡を見てみると、ひりひりする首の辺りから数ヶ所皮がむけている所があった。この傷跡はこの後もしばらく痛みが抜けなく、これ以来怖くてハマムには近づいていない。傷が癒えた頃に別のところで再挑戦してみたいものだ。

(翌年にイスタンブールを訪れた時のページはこちらをクリック)


青い屋根と白い壁が幻想的なブルーモスク。17世紀の初めにスルタンが隣に立つアヤ・ソフィアよりすばらしいモスクを建てようと計画して作られた。

ビザンチン帝国時代にはギリシャ正教の総本山だったアヤ・ソフィア。オスマントルコ帝国がイスタンブール(当時はコンスタンティーノープル)を征服した後にモスクに作り変えられた。

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